博物館

ファーストキスは17歳。

8月 ② 分かりたかった 満たしたかった

実家に帰ってきた。眠れないから日記を書く。やっぱり、ここじゃなくて自分の部屋のベッドが良い。洗剤と太陽の混じった匂い。実家にはもう居場所がなくって、それは別に悲しいことではないけれど、ただそういう空気があるってだけ。三人兄妹の私たちには一人部屋なんてなかった。だから、あの1Kのお部屋は私にとって、はじめて一人きりになれる場所。

 

 過去を振り返る。

最初に自慰をしたのは、実家のトイレの中だった。昔から好奇心の強い女の子だった。鏡で自分の股の間を見た。気持ち悪いと思った。おしっこを飲んでみたりした。あったかかった。電動歯ブラシを改造して、大人のおもちゃを作った。パパが買ってくれた漫画雑誌のちょっとえっちなところを何度も何度も読んだ。自慰に夢中になりすぎて、友だちとの約束を断った。

初潮には、図書館のトイレで気がついた。なぜだかお母さんに半年くらい言えなかった。途中でバレて、怒られた。それから生理は来たり来なかったりした。そうしたら、お母さんにセックスしてないでしょうねってほっぺを叩かれて、痛かった。あのとき私はたぶんまだ10歳か11歳くらいだった。

自分で手首を縛ってみた。そうすると、よく眠れた。家族に分からないように布団を被って眠る癖がついた。

13歳になった年の4月、手首を切った。そのあとすぐに学校には行かなくなった。お母さんが泣きながら、自分を傷つけるのはやめてと言った。気づかれないように、肩から二の腕あたりを切るようになった。仕事に行くお母さんを見送るとき、半袖のシャツの下から傷跡が少し見えて、乱暴に捲られた。学校のプリントを友だちが持って来てくれた。登校拒否児なのに、友だちがいるなんて不思議だった。週に一回、金曜日にはカウンセリングに行った。先生と箱庭をしたり、絵を描いたりしていた。震災があってから、行かなくなった。あの日はちょうど金曜日で、先生に会いに行く日で、私の誕生日だった。

フリースクールに通った。体育が苦手だったけれど、バドミントンが少しできるようになった。勉強は好きだった。特に国語は得意だった。

学校に行かなくなった理由は、今なら少しわかる。ただ、さみしかった。自分のことを見てほしかった。成績は学年で10本の指に入るくらいには良くて、でもお母さんはまだまだねって言うから悲しかった。部活では、先輩ができない子ばかり構うから、にいちゃんは大丈夫だよねって言うから、大丈夫なふりをした。先生は、私が学校に行かなくなったとき、どうしてお前がって顔をした。私、ずっと辛かった。大っ嫌いな体力測定の日、忘れ物をしたって自分に言い聞かせて、お家に帰った。

兄妹とは仲が悪かった。というよりも、全然喋らなかった。妹は、昔のお姉ちゃんは怖かったって今でも言う。お兄ちゃんにはTwitterで悪口を書かれた。

お父さんとお母さんは元々仲は良くなかったけれど、私が引きこもるようになってから、更に関係が悪化しちゃった。今はもう、お金の話しかしない。あれ、振り込んでね、とか。

私は高校生になった。自由な子が多くて、何かしら抱えてる子も多くて、楽だった。数学が苦手なのに、取らなくても良い数IIBまで勉強したのは、辛かった。家庭科と書道が好きだった。塾に通わせてもらっていたけれど、不真面目な生徒だった。勉強よりもバイトが楽しかった。大学に行っても良いって言われたのに、志望校はなかなか決まらなかった。3年生になってやっと、やりたいことが見つかった。大学ではその勉強をしていて、とても楽しい。

17歳。はじめてちゅーもした。セックスはうまくいかなかった。

お母さんはたぶん好きな男の人がいる。だって、メールの宛先がその人ばかりなんだ。

お父さんが夜になるとお洒落をしてどこかへ行くのを、見ていた。

 

私の心にはすきま風が通る。どんなに幸せでも、どこかさみしい。なにかが溢れていってしまう。いつも満たされない。このあいだ、ここじゃないどこかを見てるみたいと、バイト先の店長に言われた。

 

「抱きしめて」と言うとき、本当は過去の自分を慰めてほしいのかもしれない。今の私はしっかりとここに立っているけれど、あの時の私はきっと悲しそうに蹲っている。慰めることを他人に求めても良いのか、分からない。自分で乗り越えなきゃいけないのかな。だとしたら、それにはもう少し時間がかかると思う。少しずつ、昔の自分に優しくはできているけれど。

 

この文章を書きながら、涙がこぼれた。まとまりがなくてごめんなさい。でも、どこかのだれかに知ってほしくて。